禁煙はたちの悪い恋人と別れるようなもの
これだけ禁煙が叫ばれ、禁煙場所も増えているというのに、日本人の喫煙率は20歳以上の男性で53・2 %。欧米人の30〜40%に比べて高率になっています。でも、愛煙家にいわせれば、そうしたガードがかえって意地をあおるのだとか。
しかし、たばこの煙のなかにはダイオキシンなど4000種類以上の化学物質が含まれており、うち発がん性が確認された物質だけでも200 種類以上にのぼります。したがって、喫煙者はがんによる死亡の危険が高く、それもすべてのがん発生にかかわっています。なかでももっとも因果関係が深いとされている肺がんは近年、ますます増加の傾向にあり、人口動態統計によると、1998年には5万871 人が死亡。ついに胃がんを抜いてがん死亡のトップになっています。肺がんで亡くなる危険は、喫煙本数が増えるほど高まり、非喫煙者の肺がん死亡率を1とすると、1日に10〜14本吸う人は3・59、20〜29本では5・87,40〜49本では7・17。
肺がんよりも危険率が高いのは咽頭がん。非喫煙者を1としたとき32・5にのぼります。さらに、食道がん2・24、膀胱がん1・63、すい臓がん1・56……。
喫煙が健康に及ぼす影響は、がんばかりではありません。血管系疾患や消火器系疾患、低体重児出産や流・早産の危険を高めることも指摘されています。
喫煙は、血圧へも悪影響を及ぼします。成分のニコチンや一酸化炭素は血管を収縮させ、血圧の急上昇を招きます。1本の喫煙で最大血圧は10〜20mmHg上昇。上昇した状態は15〜20分ほど続きます。心拍数も10〜20拍くらいに上昇。とくに、目覚めたばかりの朝の一服は、その他のときよりも最大血圧が約2倍の30〜40mmHgも上昇することが明らかです。したがって、たった1本のたばこを吸ったばかりに、上昇している時間内に脳卒中や心筋梗塞を起こしかねないのです。
日本血圧学会によると、喫煙は一過性に血圧は上げるが、慢性的に上げることはないとしていますが、たとえばチェーンスモークをすれば、血圧は上がったまま持続しますから、結果的には慢性的な高血圧と同じ状態。脳血管疾患や冠動脈疾患の危険を高めることになります。
また、すでに血圧降下薬を服用している人では、薬の効き目を低下させるので、二重の危険があります。
血圧が高くなるだけでも冠動脈疾患のリスクファクターになりますが、そればかりではなく、喫煙は、悪玉といわれるLDLコレステロールを増やし、善玉といわれるHDLコレステロールを低下させてしまう悪さもします。さらに悪玉であるLDLを酸化LDLというきわめて強い動脈硬化発生作用に変えてしまいます。
それによって動脈硬化が促進し、喫煙者が動脈硬化になる確率は、かつては1 日20本の喫煙者においては非喫煙者にくらべて3 倍といわれていましたが、現在では1日10本程度でもほとんど同じ確率を示すことが明らかになっています。
さらに問題になるのは、受動喫煙の問題です。毎日20本の喫煙者である夫と生活をともにする妻は、夫が非喫煙者の場合に比べて、冠動脈疾患の危険度は3倍、肺がんは2倍になります。アメリカでは、受動喫煙によって年間3万5000〜6万2000人が心臓病で死亡していると米国立がん研究所では発表しています。また、3歳児ぜん息様気管支炎率は34%にのぼっています。
体に悪いとわかっていても、なかなかやめられないのがたばこです。スッパリやめるか、それとも徐々に減らすか……まるで「たちの悪い恋人」と別れるようなもの。できることならば、いさぎよく別れることが何より。でも、できないならば、相手の弱点を知って、苦労なく計画的に別れてしまうことも一手です。
相手の弱点とは、相手の性格を知ることから始めます。まず、喫煙と別れられない理由には2つあり、ひとつはニコチンへの「依存」、そしてもうひとつはついついたばこに手が伸びる「習慣」。
喫煙後のニコチン量は急上昇し、30〜40分かけて半分に。多くの喫煙者は、ここまでの間はニコチンへの欲求を感じません。したがって、理論的にいえば、ニコチンに依存している人が1日16時間活動するとすれば、33本で十分なはず。これ以上吸う人の場合には、「依存」に「習慣」が加わったスタイル。したがって、まず「習慣」部分の喫煙を減らします。
たばこを吸いたくなったら、冷たい水を飲んだり、熱いお茶を飲む、歯磨きをする、マスクをする、クルミなどの固いものを手に握るなど、口と手に一定の刺激を与えると、喫煙の習慣をごまかすことができます。
環境にも配慮し、たばこを吸いたくなるようなくつろぐ場所に行かない、お酒は喫煙欲求を高めるので、飲まないようにする、酒席では、たばこが嫌いな人のそばに座るなども大事。
ただし、本数を減らした分、一本のたばこを最後まで吸い、肺の奥まで深く吸い込んでは有害物質の吸収率は変わりませんし、軽いたばこでも本数が増えれば、一酸化炭素などの有害物質の吸収量が増える恐れがあります。
「習慣」との戦いになんとか勝つことができたら、今度は「依存」との戦いになりますが、「依存」の場合には段階的に程度を下げていくのはむずかしいので、一気にスッパリ禁煙します。医学的な方法として、ニコチンガムやニコチンパッチによってニコチン量を次第に減らしていく方法もあり、成功率が高いといわれていますが、ニコチンパッチは医師の処方が必要になります。
地域での禁煙支援活動や禁煙教室、禁煙教育など、禁煙をフォローアップしている機会や団体、病院もたくさんありますので、なんとかきれいに別れて、スポーツという名の新しい恋人に乗り換えたほうが、健康的です。