睡眠薬の不安
基本的に、もし睡眠薬をやめることができるなら、やめたほうがよいことは事実です。これは何も睡眠薬に限らず、すべての薬にいえることです。およそ薬であるからには、どんな薬も生体にとって異物です。薬なしで健康でいられるのなら、いうまでもなく、それが一番よいのです。しかし、私たちはいろいろな病気にかかりますし、病気になったときには薬が必要です。
心臓病の薬や糖尿病の薬などの場合、薬を無理にやめようとする人は少ないでしょう。しかし睡眠薬に関しては、不眠症の人の多くが薬をやめたいと思っています。
これは一つには、心臓病や糖尿病などが命にかかわる重大な病気と考えられているのに対して、不眠症はつらいものであるにもかかわらず、患者さん自身の根底にそれで死ぬことはないという気持ちがあるからでしょう。
もう一つは、睡眠薬に対する大きな誤解のせいです。
睡眠薬を飲み続けるとやめられなくなるのでは、だんだん効かなくなるのでは、しだいにぼけてくるのでは、など現在でも睡眠薬に対する不信感が、医師も含めて世間に根強く残っています。
現在、睡眠薬としてもっともよく用いられているのは、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬ですが、このベンゾジアゼピン系睡眠薬が出現する前に広く使用されていた、バルビタール系睡眠薬から発した誤解が原因と思われます。
それまでの睡眠薬に比べると、バルビタール系睡眠薬は画期的な睡眠薬でした。しかし、この睡眠薬にいろいろな問題があったことも事実です。
薬を連用しているうちに次第に効果が薄れ、用量を増やさなければならなくなる「耐性」を生じる。薬を連用しているうちになかなかやめられなくなる「薬物依存」−−薬が欲しいという欲求がとても強くなる精神依存や、急に薬物を中止すると禁断症状がでてくる身体依存−−がでる。飲みすぎると呼吸が抑制されて危険が大きい。レム睡眠を強く抑制する、などの問題です。これらの問題が睡眠薬一般に暗いイメージを植えつけ、現在まで続く誤解を生じたのです。
バルビタール系睡眠薬に比べると、現在の主流であるベンゾジアゼピン系睡眠薬はきわめて安全性の高い睡眠薬です。日常的な使用量であれば、飲み続けても増量が必要になることはほとんどありません。基本的な薬物の性質としての身体依存と精神依存をもっていますが、日常的な用量であれば、身体依存はまず問題になりません。問題は精神依存ですが、不眠は本人にとってとてもつらいものなので、どうしても睡眠薬に頼るという一面があり、そのため多くの患者さんが薬をやめられなくなっているのも事実です。
やめ方は、しだいに量を減らしていく方法、一日おきに飲んでやめていく方法、他の睡眠薬に切り替えてやめていく方法など、いろいろあります。しかし、急にやめるとかえって前より眠れなくなる反跳性不眠をきたすこともあるので注意が必要です。基本的には、やめたいときには医師と相談しながらやめるのがよいと思います。