漢方ってすぐには効かない?
日本漢方の中心的な古典である「傷寒論」は正しくは「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」という書物です。この傷寒とは「寒気に冒された状態」すなわち何らかの熱病・疫病であり、それらに対する診断・治療とその他の病気(雑病)に対する診断・治療を集大成したものが「傷寒雑病論」であるとされています。つまり「傷寒論」は急性疾患に対する漢方治療学を包含するものであり、今日の漢方の大きな守備範囲である慢性疾患のみの治療学ではないということになります。抗生物質を感染症に対する大きな武器とする現代西洋医学のない古代においては、漢方の力で感染症もカバーするのは当然であり、「漢方」=「慢性病」というのは現代の日本人が持つ偏見であるわけです。
このように漢方薬が急性の感染症にも対応できるものである以上、漢方薬は穏やか・安全・副作用がないというのはいずれも正しい認識ではありません。風邪に対する処方として知られている「葛根湯」はもちろん即効性がありますが、反面その構成生薬である麻黄は西洋医学でも使われているエフェドリンを含んでいますので、副作用も飲み合わせも存在します。有毒植物である附子(ぶし)を含む漢方薬もしばしば処方され、「麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)」というように麻黄と附子を含む処方すらあります。ただし、漢方で使う附子は修治(しゅうじ)といって解毒処置が施されていますので、ことさら怖がる必要はありません。
代表的な急性疾患の風邪は「傷寒論」の適用範囲であり、むしろ風邪は漢方の方が早く症状が改善し、しかも高価な抗生物質を使用しないため医療費を削減できるということは多くの医師が経験しています。急性胃炎症状に対する「安中散(あんちゅうさん)」、二日酔いの急激な脱水症状に有効な「五苓散(ごれいさん)」など、急性症状向けの漢方薬は少なくありません。
一方、慢性病に対して処方される漢方薬は確かに体質改善を狙ったものが多く、最低でも2週間は服用し効果を観察するということが一般的で、2週間で少しでも改善の兆候があればさらに2週間服用して様子を見るということになります。このような事実から、「漢方」=「慢性病」=「時間がかかる」=「すぐには効かない」という認識を多くの人が持つことは、あながち誤解であるとはいい難い面があります。ただし、慢性病に対しても「すぐには効かない」というケースばかりではなく、例えば呉茱萸湯(ごしゅゆとう)は頑固な慢性的頭痛にはしばしば著効があり、一服飲んで嘘のように頭痛が消えたという事例を経験した医師は珍しくありません。また、何年も患者さんを苦しめた慢性的皮膚病が漢方薬により数日で快方に向かったという症例も多数報告されています。その他、生理不順、更年期障害、冷え症など女性特有の不定愁訴や慢性症状も正しい診断による漢方薬の適用で即座に効果が現れることはしばしば経験されています。
基本的には漢方薬も西洋薬も「薬」であり正しく用いれば急性疾患にも慢性疾患にも即効性がある反面、副作用にも留意する、というごく常識的な結論が導かれることになります。