漢方って古くさい？
漢方の歴史は古く、日本に初めて中国の医書が伝えられたのは６世紀半ばのことだとされています。以来、１０００年以上もの長い時間をかけて、漢方は日本の風土や日本人の体質に適応した伝統医学として発展してきました。
平安時代には現存するわが国最古の医書である「医心方(いしんほう)」が編纂されました。室町時代になると、中国に留学した田代三喜(たしろさんき)が当時の明の医学を日本に持ち帰り、その弟子の曲直瀬道三(まなせどうさん)が発展させました。後に後世派(ごせいは)と呼ばれる医学の成立です。
一方、江戸時代中期には後漢時代の古典「傷寒論(しょうかんろん)」を重視する古方派が台頭し、吉益東洞(よしますとうどう)や山脇東洋らの医師が活躍しました。現在の漢方はこの古方派の流れが主流となっています。ところが明治時代になると、一転して漢方は存続の危機を迎えます。「脱亜入欧」を基本政策とする明治政府の方針により、西洋医学を修めた者だけに医師免許が与えられることになったためです。医学における漢方の地位は大きく低下してしまいましたが、漢方の重要性を認識する医師たちの献身により、伝統を今日まで維持してきました。
このように長い伝統を誇る漢方ですが、世の中には「伝統のあるものは古くさくて、現代では通用しない」と考えて漢方を軽視する人がいます。だからといって漢方が時代遅れかといえば、そんなことはありません。確かに現代における西洋医学の発展はめざましいものがあります。特に科学技術の進歩に裏づけられた新薬開発の成果には目をみはるばかりです。20世紀の後半には抗生物質が普及し、結核や梅毒、ペストなどの恐ろしい感染症が激減しましたし、ほかにもさまざまな新薬やワクチンが開発され、その結果平均寿命が大幅に伸びました。しかし寿命が伸びて社会の高齢化が進んでくると、それまでの主流だった急性疾患にかわり、糖尿病や肝臓疾患、心臓疾患などの慢性疾患の比率が高くなってきました。さらに現代社会では、仕事や人間関係からくる心因ストレスが増大し、胃腸障害そのほかさまざまな心身症、ストレス病に悩む人が急増しています。
これらの「現代病」に対して、西洋医学では十分な治療効果が出ないことがあります。その一方で、漢方はまさしく、この「現代病」にすぐれた効果を発揮する場合が多いのです。漢方薬は西洋薬と違い、いくつもの生薬を組み合わせて作られ、身体的のみならず精神的状況も治療の対象としているため、慢性的な病気や全身的な病気の治療など複雑・多彩な症状に効果を発揮します。そこで、近年になってふたたび、漢方が見直されるようになってきました。
また漢方では「証」という観点から、病名で診断することだけでなく、患者さん一人ひとりの体質や病気の状態を見極めながら、最適な漢方薬を使い分けていきます。西洋医学が高度に標準化された「レディメードの医療」だとすれば、漢方は「オーダーメードの治療」だといえるでしょう。このような点から、患者さんの漢方に対する期待は年々高まっています。それだけでなく、科学的な研究により漢方薬の効果が西洋医学からも認められてきています。現在では、西洋医学を修めた医師の多くが日常の診療で漢方薬を使っており、大学病院や総合病院でも漢方外来をもうける施設が増えてきています。
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