見過ごされていたホルモン補充療法の危険性
ホルモン補充療法(HRT)の長期使用の安全性に疑問を呈する報告が、英国医学誌「Journal of Epidemiology and Community Health」8月号に発表された。
この報告で、米ハーバード大学公衆衛生学部教授のNancy Krieger博士らは、HRTの危険性は数十年間、専門家の間ではうすうす気づかれていたにもかかわらず、その情報は隠され、製薬企業や医師、研究者らが示し合わせて、閉経は「ホルモン欠乏病」で、この病気や性的能力の喪失、醜い加齢を防ぐにはHRTによる長期治療が必要だと宣伝してきたと、非難している。
HRTは数十年間、予防療法として用いられてきたが、2002年にランダム(無作為)化・二重盲検・プラセボ(偽薬)試験の結果から、癌(がん)および心血管系疾患のリスク増大が明らかになった。Krieger博士らは「なぜ1960年代半ばから40年もの間、数百万人の女性がこの強い薬剤、それも30年前に発癌物質とわかったものを処方され続けてきたのか?」という疑問を投げかけている。
しかし、1960年代の見解を2005年の視点で非難すべきでないという声もある。ニューヨーク大学医学部教授のSteven R. Goldstein 博士は「HRTが登場した時には、プラセボ群との対照、二重盲検法、ランダム化試験などは存在しなかった。HRTは、なぜランダム化試験が必要かを示す好例となったのは多くの認めるところ。HRTは賛否両論を含む非常に複雑な問題であり、問題は個別化されるべき」と反論する。
専門家の多くは、今もHRTは女性治療のパンテオン(すべての神)と考えているという。Goldstein博士も、疫学的見地からは発癌物質であっても、リスクと利益の対比という視点からは見解が異なり、発癌物質といわれるタモキシフェンが、世界で最も多く用いられている抗癌薬でもあることを例に挙げている。
Krieger博士は、“後知恵(あとじえ)”などではなく、製薬企業への規制が十分でなかった、集積するリスクよりも個々の利益が優先されていた、性ホルモンが男性・女性双方の行動や生理を規制すると長年確信されていた、などが原因だという。
単にHRTだけの問題ではなく、このような社会的責任を負う研究は、資金がどう使われるかに透明性を持たせ、すべての薬剤の臨床試験が公的に登録され、現時点での予防効果と将来のリスクを再検討すべきとし、「病気でない人に強い薬剤を与える場合、非常に批判的にみる目が必要だ」と述べている。